【本の感想】上田早夕里 『魚舟・獣舟』

上田早夕里 『魚舟・獣舟』 光文社光文社文庫)、2009年発行を読みました。

異形コレクションから四作品、小松左京マガジンから一作品、書下ろし一作品で構成されています。書下ろしは中編、他は短編です。

☆☆☆☆

上田早夕里ワールドの分岐点にして十字路のような短編集と書下ろしです。短編集は短いページで世界観を感じさせ、続きを読みたくなる物語が多いです。書下ろしは『火星ダーク・バラード』の前日譚であり、先に『火星ダーク・バラード』を読むと、もう一度『火星ダーク・バラード』を読み直したくなります。

魚舟・獣舟

海洋SFです。オーシャンクロニクル・シリーズに関連しています。そのシリーズを知らなくても、海と陸に広がる魅力的な世界観がつまっています。そのため、もっとその世界に触れていたくなりました。

くさびらの道

バイオSFです。ホラー要素を含みます。敗北を感じさせる状況の中、SFとホラーと人情を組み合わせています。これも続きがどうなるのか気になります。

饗応

働くことに疲れた人口生命体の話です。非常に短いのですが、人口生命体のボヤキから語られる世界は戦争に突き進む世界です。癒しの合間に語られるボヤキから感じる世界はきっとろくでもないのでしょうが、止めることもない諦めも感じられます。饗応の名にふさわしい状況から語られるところに面白みがあります。

真朱の街

SFと妖怪の組み合わせです。そういう組み合わせがあるのかと驚きました。短編故に言葉足らずに話は終わりますが、『妖怪探偵・百目 1 朱塗の街』に続きます。ちなみに『妖怪探偵・百目 1 朱塗の街』の第一話は「続・真朱の街」です。

ブルーグラス

海洋SFです。SFらしいテクノロジーの塊のようなガジェットと男と女の感傷的な物語です。短編らしい短い夢を見ているようです。

小鳥の墓

『火星ダーク・バラード』の前日譚です。実験都市の青春の話でもあります。本書を読むと『火星ダーク・バラード』のある人物への見方が変わります。

高校生の主人公は熱くなることもありますが基本的に理性的で冷静です。決して大人ぶっているわけでもありません。ただ成り行き上、思春期特有の背伸びをするのですが、実験都市という社会の大人が用意した網からは逃れることができません。

管理して実験する大人を悪とみるか、子供の背伸びに対し、大人の辛辣な事情でビンタを喰らわしたと見るかは様々です。作中の大人からすればいいデータが取れたと言うのかもしれません。なんとも辛辣な物語です。

さいごに

どれもこれもかっちりした物語です。短編はどれももっと世界観に触れたくなります。実に魅力的で、想像を刺激される一冊です。

コメント