【本の感想】上田早夕里 『リリエンタールの末裔』

上田早夕里 『リリエンタールの末裔』 早川書房ハヤカワ文庫JA)、2011年発行を読みました。

書下ろし一編と「SFマガジン」掲載の二編、大森望編集『NOVA 5』掲載の一編で構成されています。書下ろしは中編、他は短編です。

☆☆☆☆

道具を作る喜び、使う喜び、進化しようとする意欲、極めようとする意欲など、どの話も科学技術と人を結びける魅力的な話です。

リリエンタールの末裔

オーシャンクロニクルの世界観です。『魚舟・獣舟』は海と陸の話でしたが、今作は空の話です。『魚舟・獣舟』のような重苦しさはなく、少年のような気持ちで夢を実現する物語です。

特に、最後の空を飛ぶシーンでは道具を操作する喜び、どこまでも飛んでいけそうな喜びをストレートに表現しています。その喜びが文面からストレートに伝わってくるため実に気持ちいいです。

題名のリリエンタールの意味は作中に解説されており、知ればさらに感動が増します。

マグネフィオ

人の愛情と執着は科学技術とどう折り合いをつけて進化するかという話です。解説で『美月の残香』について触れているとおりです。『美月の残香』が香りならこちらは視覚です。

たとえ触れていたくても脳が反応するポイントさえ分かれば悦びが感じられるというのは、第三者から見ると本当それでよいのかという、暗い喜びを得る結末が印象的でした。

パブロフの犬の超進化ともいえます。

ナイト・ブルーの記録

作中に書かれていますが、人間という生物の不可思議さと科学技術が生み出す新しい価値観の話です。

「リリエンタールの末裔」は道具を使って肌で感じることに喜びがありました。「ナイト・ブルーの記録」では、本来あり得ない道具の先の感覚を脳が感じるというものです。

それがSF的に感覚が鋭敏化されており、作中ではヒト機械同化症候群と表現されています。機械による身体拡張は一見不気味ですが、身体に道具が馴染むことの拡張版と考えるとまた違う印象になります。

実に興味深い話です。

幻のクロノメーター

舞台は18世紀のロンドンです。実在の人物、ジョン・ハリソンの周辺で実際に起きたクロノメーター開発の物語です。しかし、物語の本当の中心にあるのは優れた職人に対する憧憬と尊敬です。

職人に対するストレートな憧憬と尊敬は読んでいて気持ちがいいです。また、SF的な仕掛けにちょっと驚かされました。

実際にジョン・ハリソンが作ったクロノメーターはROYAL MUSEUMS GREENWICHで見ることができます。John_Harrisonで検索して表示される画像のH-1~H-4です。

ジョン・ハリソンの「正確な経度を測ること」への闘いは、デーヴァ・ソベル 『経度への挑戦』に詳しく書かれています。

さいごに

夢をあきらめずに追いかける。道を究めようとする。一つのことを突き詰める職人。新しい可能性。拡張する喜びなど、どれも科学技術とそれに関わる人の物語ばかりです。そのどれもが科学技術と進化に前向きで喜びと尊敬があるため、読んでいて実に清々しいです。

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