【本の感想】上田早夕里 『火星ダーク・バラード』

上田早夕里 『火星ダーク・バラード』 角川春樹事務所(ハルキ文庫)、2008年を読みました。

『火星ダーク・バラード』は上田早夕里のデビュー作です。第四回小松左京賞を受賞しています。

☆☆☆

火星を舞台にしたハードボイルド小説でありSF小説です。

全体的にかっちりとまとまっています。主要人物はそれぞれの理由や大儀を含めて過不足なく描かれています。そのためページは多いですが、退屈せず一気に読ませるエンターテイメント性もあります。

ハードボイルドが強すぎて火星とSFは喰われた感があるせいか、可も不可もない面白さでした。

ハードボイルドな主人公

『火星ダーク・バラード』の題名通り、ハッピーとは言い難いどこか苦くて暗い世界です。その苦さを暗さを吹き飛ばすヒロインの存在もありますが、そこはハードボイルドです。やさしさに触れても、組織から圧をかけられても決して信念を曲げません。ひたすら自分のために歩み続けます。

著者はこだわりをもって、主人公の年齢を30歳から39歳変えたことがあとがきから分かります。ぐいぐいと迫ってくる15歳のヒロインに対する主人公の対応を思うに、39歳だからこそハードボイルドが際立っているように感じます。

自分はこういう人間なんだと語る主人公とヒロインとのやりとりにある「家の暖炉」と「外の闇」の話は実に印象的です。当初の設定である30歳と15歳ではまた話が違ったのではないでしょうか。

ウソはついてくれるが決して恋愛にはならない。どこまでも頑なな態度をとる主人公に対し、ヒロインはテレパシーで心の奥に入っても入り込めない壁の高さにショックを受けます。心の壁は39歳だからこそリアルです。

火星ダーク・バラード

物語は一旦完結しても、ダーク・バラードの言葉の通り苦く感傷的です。最後の男同士のやりとりはその苦さを象徴しています。どこまでもハードボイルドな、感傷的な終わり方が良い読後感を与えてくれました。

自分の信念は貫いた。目的は達した。しかし代償は大きなものだった。実に味わいがあります。

さいごに

ハードボイルドが強すぎて火星とSFは喰われた感があります。ハードボイルドが醸し出す血と汗の匂いと泥臭さが舞台を覆いつくしてしまったかのようです。

補足

本書の前日譚が『魚舟・獣舟』に収録されています。本書ではただの異常者、死にたがりにしか思えない彼のことが書かれています。題名は「小鳥の墓」です。「小鳥の墓」を読むと、彼への見方が変わるかもしれません。

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