【本の感想】殊能将之『ハサミ男』

殊能将之『ハサミ男』 講談社講談社文庫)、2002年発行を読みました。

『ハサミ男』は殊能将之のデビュー作です。第13回メフィスト賞を受賞しています。

☆☆☆☆☆

見事に騙されました。再読をしてもカギとなるところを見過ごしてしまいます。喉に魚の骨が引っかかったような描写も他の丁寧な描写で押し流されて、いつの間にか忘れてしまいます。

笑いがあります。特にワイドショーで語られる犯人像で大笑いしました。

序盤から引き込まれます。序盤は章の終わりごとにインパクトがあります。「なぜ?」「どうして?」と気になってしまい、どんどん読み進めてしまいます。

騙されることの面白さ

読み返すと不自然なところがあります。不自然なところは丁寧な描写や思い込みの連続でどんどん上書きされてしまうため、犯人捜しよりも話を楽しむことを優先している身からすると、ものの見事に騙されました。

事件直後に一行しか触れられていないところとか、描写を重ねて上書きしてしまうところとかがそうです。確かに注意して読むと、カギとなるところには触れられていません。特定されているようでされていない描写が何度もされています。本人だけでなく他の人物からもです。

またそれらが読ませる描写であり、話が進展していて続きが気になるためについつい見過ごしてしまいます。いつの間にか記憶から消えていきます。そして気持ちよく騙されます。だから面白いです。

笑いがあります

お気に入りはワイドショーで語られる犯人像の話です。実にいい加減な犯人像をそれっぽく語るシーンはまさにワイドショーです。

好き勝手に描かれる犯人像に対し、犯人の目線から冷静に突っ込みを入れています。シュールで笑いを誘います。さらに強烈なのが犯人像から生まれる妄想です。

その妄想はコントです。冷静に考えるとありえない犯人像が本物っぽく聞こえてしまうことを思いっきりイジっています。ミステリー小説でコントを読むとは思いませんでした。これが大変面白いです。

ワイドショーが作り上げる犯人像の馬鹿らしさと先入観の怖さが笑いながら分かるからです。

引き込まれる話

すぐに続きが読みたくなるような引きが多いです。

例えば、連続殺人犯のハサミ男が三人目の目標を決めて行動しているところです。これからというところなのに「もちろん、自殺するためだ。」で話は一区切りします。

殺害の準備は「そして、銀色に鈍く輝くハサミ。」です。その次は「彼女が樽宮由紀子に間違いなかった。」です。さらにその次は「わたしは真新しいハサミを手に入れた。」です。一つ飛ばして「そして、十一月十一日がやってきた。」です。

確実に殺人をしようとする犯人の冷静さや計画性がうかがえます。それが不気味なのと同時に、どうなっていくんだと先が気になります。ちなみにこれまでの引用は全て序章です。

事件後の調査でもどこか欠落しているのに頭の切れる行動をするハサミ男以外にも、犯人を捕まえるべく行動する警察、事件の関係者、ジャーナリストなどがそれぞれ動きます。シリアスと笑いが混じった展開が続きます。

時には先が気になりつつ、時にはふふっと笑いながら読み進めてしまいます。

さいごに

丁寧だがくどくない描写、引き込まれる展開、笑いが混じりあっています。重苦しい話にはならず、逸脱もありませんが、いつの間にか見落としがあり、ある瞬間に騙されてたことに気づきます。だから『ハサミ男』は面白いです。

一方で、解決していない内面の問題があり、それを匂わせて終わる不気味さもあります。振り返りの最後と物語の最後です。この不気味さがなんともいえない、ほろ苦い読後感になって終わります。

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