【本の感想】ジェフ・アボット 『図書館の親子』 佐藤耕士訳

ジェフ・アボット 『図書館の親子』 佐藤耕士訳、早川書房(ハヤカワミステリアス・プレス文庫)、1998年発行を読みました。

原題は『PROMISES OF HOME』です。『図書館の死体』、『図書館の美女』に続く、ジョーダン・ポティートシリーズの三作目です。

☆☆

六年前に家を出て行った姉の夫であり幼友達だった男が町に帰ってきました。同時期に幼友達の新聞記者が殺され、翌日には義兄も殺され、さらに友人の警察署長も殺された二人のように銃で撃たれてしまいます。

大人になって変わったしまった幼友達たちが印象的です。

大人になって幼友達は変わってしまった

時折、挟まれる昔話が伏線となって物語は進みます。その中で描かれていることは昔と今の友人と家族の姿です。そこには知りたくなかった現実が描かれています。

田舎町でかつ幼友達でも知らないことは多いです。そんな各人が隠し持つ一面が次々と明らかになっていきます。多くは知らない方が良かったことです。そのため、話は今までに比べると重いです。

例えば、色々なことが分かってしまったところ(p.398)では、

これが現実だとは、にわかには信じられなかった。ぼくの頭のなかには、昔からの友だちの姿が、さながら銅像のようにかっちりと鎮座していた。いまその銅像が、ことごとく土台からひび割れ、崩れはじめている。

と、受け入れがたい気持ちになっています。

さいごに

過去と現代を描くことで変わってしまった友達を描いているためか、ページは多くなり話も冗長になっています。さらに重たい話のためか、軽快さが乏しくなっています。主人公も自覚しているのか、p149では以下のように述懐しています。

ジョーダン・ポティートは機転のきくウィットと辛辣な言葉が自慢のはずだったのに、あいにくぼくの頭は一時的に、古くなったジャガイモの皮むきナイフくらいに錆びついていた。

全体的にこの述懐のとおりになっています。

次巻『図書館長の休暇』は今まで舞台だった田舎町ミラボーを離れ、無人島が舞台です。主人公の独りよがりが後味の悪い結果を残します。

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