【本の感想】アントニイ・バージェス 『時計じかけのオレンジ 完全版』 乾信一郎訳

アントニイ・バージェス 『時計じかけのオレンジ 完全版』 乾信一郎訳 早川書房ハヤカワepi文庫)、2008年発行を読みました。

原題は『A CLOCKWORK ORANGE』です。

☆☆☆

主人公の超暴力、スラングだらけの特殊な言葉遣いが印象的な、犯罪と改悛にまつわる倫理を問う一冊です。主人公はどうしようもないやつですし、完全版の部分は蛇足だと思います。

超暴力

ただの暴力ではなく超暴力です。己の都合だけを考えて弱者を無慈悲に弄ります。例えるなら、倒れて血を吐きながら許しを請う相手を見て、笑いながらその顔面を蹴り上げるような暴力です。もちろんその相手は善良な市民です。因縁をつけて暴力をふるいます。

実にろくでもないですが、主人公はこの超暴力を非常に楽しんでいます。本当にどうしようもないのが、自分のことを「みなさまのつつましき語り手」と言い、捕まった時も「でも、おれ、まだ十五歳なんだぜ」と語るところです。このようにあれだけのことをやっても許されると思っている言動が端々にあります。

救いようのない男です。

スラングだらけの特殊な言葉遣い

冒頭から特殊な言葉が溢れています。すべてルビがふられているため分からないことはありません。内容は大した事はないのですが、このスラングだらけの言葉のおかげで作中の世界がぐっと身近になります。

そして面白いのが、読み進めるとルビを読まなくても意味が大体分かってくるところです。スラングの多いネット界隈の仲間内の言葉にはまってしまうようなものだと思います。

他にも主人公はなんとも言えない言い回しをします。その分かりづらさは誤訳ではないかと疑うほどです。しかし、超暴力を楽しみ、スラングを使い、不思議な言い回しをするがゆえに、主人公はなんとも印象的なキャラクターになっています。

ルドビコ法

改悛の心のない人でなしの犯罪者を、洗脳により強制的に善でしか行動できない人間に作り替える描写は強烈です。倫理感の無いまた別の暴力装置なのです。

しかし、主人公は刑務所内での性倒錯者とのやりとりを別にすれば救いようのない超暴力人間です。その処置を受けているところも、出所して真人間になってからの出来事も、全て因果応報な気がしてなりません。

この処置は倫理的にNGに違いないのでしょうが、主人公のあまりの人間性の悪さにそこまで思えません。

完全版と不完全版

完全版は付け足しだと思います。ハッピーエンドで幕を閉じているのですが、あれだけのことを全て若気の至りで片付けているのはどうかと思います。それこそ作中の図書館で老人が発した言葉のとおり、主人公は「非情残虐の一等見本」です。やられた側からすれば寛容な気持ちになれませんし、性根の腐った主人公の活躍ぶりを読んでいても寛容な気持ちにはなれません。

実際、日本でも凶悪事件を犯した未成年が再び世に出た結果、再び人の生死に関わる罪を犯すということが起きています。そういう現実を思うと、ルドビコ法のくだりは人の倫理観を揺さぶります。

冤罪の可能性など問題もありますし、人は何をきっかけに改悛するかは分かりません。それでも若気の至りには許容があります。

許容を超えた者をどう扱うかを考えた場合、完全版のエンディングは蛇足です。

さいごに

完全版で追加された幻の最終章を読むと読まないで読後感は変わります。その読後感で自分の許容を知ることになります。

私は許容できないです。許容できる人は偽善者ではないでしょうか。

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