「 2016年10月 」一覧

[読書雑文]『世にも奇妙な人体実験の歴史』トレヴァー・ノートン(訳)赤根洋子

『世にも奇妙な人体実験の歴史』トレヴァー・ノートン(訳)赤根洋子を読みました。原題は『SMOKING EARS and SCREAMING TEETH』です。副題は『A Celebration Of Self-Experimenters』です。

自分の体で実験をした人たちとその周辺について、ピリッとした皮肉混じりのユーモア付きで書かれています。

内容は17のカテゴリに分けられています。性病、麻酔、薬、植物、寄生虫、病原菌、未知の病気、電磁波とX線、ビタミン、血液、心臓、爆弾と疥癬、毒ガスと潜水艦、漂流、サメ、深海、成層圏と超音速です。

自身を対象にした人体実験

どのような実験でも最後は人で行わないと本当のところはわかりません。また、十分に納得できる実験台は自分自身しかいません。

だから自分を使った人体実験になるのですが、実験の時期によってはそうでないものも含まれています。とはいえ、倫理的に問題がなかった時代の話であり、それでも最後は自身を対象にした人体実験ばかりです。

実験には成功も失敗もあります。実験の周辺を見渡せば社会的な状況も様々です。それらをまとめて書かれており、どれも興味をそそる物語ばかりです。

マッド・サイエンティスト?

本人らは問題ないだろうと思っていても、端から見るとあきらかに危険なことばかりです。そういう意味ではマッド・サイエンティストです。

しかし、原因を突き止めるために一つ一つの事象を確認して追求していく様は実に魅力的です。

著者はイギリス人

ピリッとした皮肉混じりのユーモア付きで書かれた内容はどれもイギリス的です。著者がイギリス人なので当然なのですが、イギリス以外の項目では言葉のキツイところもあります。

三分の二を占める医学と生体力学とでは描かれ方が異なりますし、著者の関係する項目でもまた違います。

そのため、本書は平等に安心して楽しめる人体実験の本というわけではありません。イギリス的ユーモアと偏りも含めて楽しむ大人向けの本です。


[読書雑文]『虎よ、虎よ!』アルフレッド・ベスター(訳)中田耕治

『虎よ、虎よ!』アルフレッド・ベスター(訳)中田耕治を読みました。原題は『Tiger! Tiger!』です。

あらすじ

“ジョウント”と呼ばれるテレポートテイションにより変貌した世界で惑星間戦争が勃発しました。
宇宙を170日間漂流した主人公は、救助信号を無視した宇宙船への怒りと憎悪を糧に、復讐の旅に出ます。

ただ復讐のために

男一人が出来ることはたかが知れています。しかし、怒りと憎悪だけでそれこそ題名の虎のような獰猛さで解決していきます。

その身勝手さは最後まで変わりません。さしのべてくれた手の気持ちを考えず、復讐の邪魔となると容赦なく斬り捨てていきます。

魅力的な特殊能力群

テレポート、テレパシー、肉体改造など様々な特殊能力群が物語を魅力的にしています。

物語が進むたびにそれらの能力が登場し、テンポよく物語へ進んでいきます。

そして結末へ

このような世界観をただひたすら走り続けるため、分厚いながらも読み進めてしまいます。

主人公に内面的な深いところはあまりありません。最後の最後で内面的な深いところを特徴的なタイポグラフィとともに垣間見ることはできますが、正直なところよく分かりません。

そのため、本書を思い出す時はそのシーンばかりになってしまいます。わけが分からないので説明しづらいシーンですが、それだけ印象的でした。

ちなみに自分勝手な主人公ですが、その主人公すら嫌悪するシーンがあります。着物だらけのシーンです。これはナチのあの行為を思い出させるからでしょうか。

さいごに

本書はSFガジェットを詰め込み、パワーとテンポで走るエネルギッシュな物語です。しかもオリジナルは1956年です。

そういう意味で“不朽の名作”という宣伝文句なのでしょう。


[読書雑文]『本の読み方』平野啓一郎

『本の読み方』平野啓一郎を読みました。副題は『スロー・リーディングの実践』です。

アンチ速読としてスロー・リーディングを推奨しています。

アンチ速読ではあるが

速読に対する理解が足りません。他の読書についてもです。批難はしますが具体的な理由はなく、説明はありますが的外れです。例えば「仕事が速いといい加減だから速読も良くない」などです。アンチ速読が強すぎてピントが外れています。

さらに残念なことに、スロー・リーディングのメリットはスロー・リーディングでなくてもできる内容なので得るものがありません。ただの読書賛美に聞こえました。

スローにリーディングする

第3部ではスロー・リーディングを実践しています。これが国語の授業のようです。疑問に思い、想像を膨らませることで読書の幅が広がることがスロー・リーディングと言いたいのかもしれませんが、国語の授業の退屈さを思い出させるものでした。

文字通りスローにリーディングするということは、言葉の意味から始まって著者や書かれた背景にも目を向けるものであり、随分と手間のかかるように見受けられます。これは研究者かマニアでないと楽しさが分からないでしょう。一読者としては大変めんどうくさいです。

スロー・リーディングと称したものの

スロー・リーディングと称して作家が読者に負担をかけるように仕向けているとしか思えません。これだから国語の授業は嫌われ、高尚な文学はさけられるのではないかと改めて思い直しました。もしくは速読の対称としてスロー・リーディングという言葉を定着させたいからなのでしょうか。

速読を批難せず、スロー・リーディングについて体系的に書かれていれば、また違う印象をもてたかもしれません。

時間をかければいいものが出るわけではありませんし、そこまで読者はかまってくれません。ブログを書く程度にスロー・リーディングを実践しましたが、読めば読むほど残念な本でした。


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