[読書雑文]『「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活』鈴木猛夫

『「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活』鈴木猛夫を読みました。戦後、日本人の食生活の変化の裏側にあったアメリカと日本の思惑について書かれています。

アメリカの小麦戦略

世界的穀倉地域であるアメリカの農業は大量生産です。戦争中ならば軍隊が、戦争直後であれば国土を荒らされた国がその消費先となります。しかし、戦争もなく復興もすれば余剰が生まれます。

興味深いのが余剰作物を減らすという考えはなく、あくまでも消費先を探し、なければ作ろうとするアメリカの動きです。政治的経済的思惑を組み合わせたアメリカの動き方は見事としかいいようがありません。

もちろん、日本が食糧難だった時代もあります。しかし、食糧難でなくなっても日本に市場を作るための働きかけとして、政治的な取り決めで潤沢な資金を発生させ、その資金を元に宣伝を繰り返しました。その結果、日本では小麦を食べることが当たり前になりました。

アメリカの思惑だけでなく、日本がアメリカをありがたがった時代ですし、小麦食普及のためにいい意味でも悪い意味でも乗っかった日本人もいます。その善し悪しは別にして、今の日本人の食生活を見れば、アメリカの完全勝利といえることが分かります。

その結果、戦前あった脚気のような病気はなくなり、肥満や生活習慣病が蔓延しているというのは随分と皮肉な話です。

日本人と白い米

脚気の問題は食べ物が身体を作るということを証明しています。科学的証明はないがなんとなく良くないことが分かっていても食べ続けてしまう白米の魅力がどこから生まれてきたかというのは興味深い話です。

明治までは都市に広がる謎の病気だった脚気が明治以降の軍隊で大きく問題になり、陸海軍がその原因究明をして一定の成果が見えても陸海軍内の争いで決着がつかない話は、どんなことでも仲の悪い陸海軍を笑うしかありません。そして同時にそこまで研究を続けていたことに驚きました。この頃から胚芽米や分づき米を考え、味と保存の両側から最適解を求めようとしたわけです。

そこまで根深い問題として米が議題になったのは、白い飯を腹一杯食べることが贅沢であり、その当たり前の贅沢から逃れられなかったからなのでしょう。あくまで米を中心に考えるということも興味深いところです。

日本人と栄養学

食生活が急激に変化したこと、変化の根底にある欧米型栄養学のおかしさ、戦前戦後の病気と食生活の違いなど、歴史をふまえた上で主張される日本型栄養学は興味深い内容です。

科学や数字にどれだけ振り回されているかが分かるかと思います。しかしながら、欧米型の身体に良くないだろうがおいしい食べ物(クスリは苦いものですし)に慣れてしまった今となっては意識しないと難しいのではないかと思います。

ちなみに第一部の「アメリカ小麦戦略」と学校給食と第二部の日本人の食生活と栄養学を比べると、第二部は著者のイデオロギーが強く出ているように思います。いわんとせんことは分かりますし、間違っているとも思いませんが、読んでいて少し気になりました。

日本型食生活崩壊の原点

和食が良いと言われながらも周りはカロリーに支配された欧米型食生活が中心になっています。安価でおいしいのだから仕方ありません。

戦後日本は食糧難でそこから欧米型食生活が広がっていったと今までは思っていました。そのとおりではありますが、裏側にはアメリカが周到に準備し、市場を作るために努力をしたことが本書を読むことでよく分かりました。

日本側には受け入れる土壌があった、受け入れざる得ない事情もあったわけですが、食生活を守ることよりも経済的な復興を優先した結果と言えばそれまでなのかもしれません。結果的に、アメリカは日本に対し経済面食料面を武器にもう一つの戦争を仕掛け、大勝利をおさめたわけです。

帯には「日本型食生活崩壊の原点」と書かれています。その通りだと思います。

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